私は今、本館と別館の間にある隙間の海側にいる。
そこは形だけの柵がされている断崖絶壁の場所だ。そこに立つと馬鹿なことを考え始めた

世界をもう一度創造することができれば、もっとうまく世界を直せたのかもしれない。
でも、それはもう叶わない夢。ここまで世界が成長すれば再び創造することは無理なのだ。
自然の摂理を守りながら徐々に改変することはできても、すべてをやり直すことは神様にもできない。
神様にも神様のルールが存在している。そのルールの中で今まで神様は何とか自然を守ってきた。
でも人々が石油石炭や、地球が今まで貯めてきた資源をどんどん食べ始めてから神様は怒ったらしい。
私もそこまで詳しく記憶を引き継いだわけではないから詳しくはわからないけど。
自然をうまく活用しながら修正をしようとしたらしい。ところが人はもっとも愚かな行為をしてしまった。
かつて神様が隠したパンドラの箱を南極で見つけたのだ。神様はそれを知り慌てた様だがもう手遅れ。
人は愚かにもその箱を開けてしまった。その箱からは大きな災いの種がまかれ、芽を出すのは待つのみとなった。
神様はあまりの愚かな行為に自暴自棄になりすべての管理をやめることにした。
まかれた種は神様の手に余るほどに成長をはじめたからだ。その後神様は私に管理権を譲るまでずっと見守り続けた。
人々がどれだけ苦しもうと。自然が壊されようと。まるでそれが自身に対する罰なのだと言わんばかりに。

私は彼から何も聞かされることはなかった。何の恨み言の一言さえ聞かされることはなかった。
愚かな人間である私に何の恨みを言うこともなくすべてを託してくれた。私には未だにその理由がわかることはない。
当の本人はすでにこの世界にはいない今、確かめるすべはない。私が知ることができるのは記憶からそれらの情報を知ること。
でも、記憶で彼の本当に思っていたことはわからない。記憶はそれがあったという情報でしか教えてくれないから。

私がこの世界を再び造り直してもおそらくこんな綺麗な星にはなれないだろう。あの赤き穢れのない世界。
誰もが傷つかない世界は人々にとってはすばらしい世界なのだろう。
それは私自身にとっても誰にも嫌われることのない世界である。
きっと私が創り直したとき、そんな世界に逆戻りになるのだろうと思う。
私が今眺めているこの美しい風景。青い海に青い空、こんな綺麗な光景になることはきっとない。それだけは確かだろう。

「ま~た、馬鹿なこと考えてるでしょ」

私は突然声をかけられ驚いて振り返るとそこにはユリさんが私服姿で立っていた。
まるでこれから出かけるかのように。いつもは見ることのない薄い水色のTシャツに青いロングスカート。
彼女は私に近づいてくるといつもお母さんがしてくれるように抱きしめてくれた。
もう自分は子供じゃないのだからやめて欲しいなと思っていながら抱きしめられることが好きだ。
人の暖かさを感じることができるから。

「カオリちゃん、私達旅館の人みんな親なんだから甘えていいんだよ」

彼女は優しい口調で私にそういってくれる。私はいつだって甘えないしわがままも言わない。
みんなの迷惑になるとわかっているからいつだってそうだ。何か頼みたくても忙しい時は誰にも言わないし相談もしない。私の所為で巻き込まれたらいけないと心のどこかで思っているから。だからいつも返す言葉は一緒だ

「大丈夫だよ。ユリ姉さん」

ユリ姉さんと呼ばれた彼女は不機嫌そうな表情を作って本当に大丈夫かなと聞いてくる。
いつもの言い訳もバレバレみたいだ。何かあったら相談しなさいねと私に言うと、買い物にいくねと出かけていった。
私はいってらっしゃいというとその場所を後にした。

今度はこの前布団が大量に干されていた場所に行ったが、今日は十分な太陽が当たりねこじゃらしはゆらゆらと揺れていた。
草たちは大人の猫と戯れていて、猫は捕まえたり捕まえ損ねてこけたり忙しそうに遊んでいた。
一方の子猫は子供たちで追いかけっこをしているかのように走り回っていた。
私はねこじゃらしで遊んでいた1頭の猫を抱き上げるとすぐ近くのベンチに座った。
猫をひざの上に置くそこで毛繕いを始めた。その邪魔をしないように私は体を撫でてあげた。
すると1頭だけ連れてきたのがまずかったのかほかに遊んでいた猫たちも私の足元に集まりだした。
彼らは私のほうを向き、まるで私たちも抱き上げてと言わんばかりにその視線を向けてきた。
私は仕方がないわねと言うと1頭1頭大事に抱き上げてイスの上に降ろした。
彼らは私のひざの上にいる猫と同じように毛繕いを始めた。

「これでベンチは満席ね」

私は楽しそうに言うと猫たちはまるで言葉が理解できるかのようにそうだねと言わんばかりに『にゃ~』とそれぞれ鳴いた



それはまだ平和な光景。

でも私には想像もできなかった。それが脆く儚い物であったことも

本当の絶望が目の前に迫っていたことも私には知る由もなかった