私は弁護士。依頼人のことには従わないといけないけど、彼女には申し訳ない事をしてしまった
確かに彼女の言うとおりだ。すべて今更の話だ。1年前に見つけた段階で調査などをせずに会っていたら
もっと別の形になっていたかもしれない。でも実際は違った。あの方は娘を失ってから変わってしまった
喪失感を埋めるために仕事に取り組んで財を築いた。だが空虚な思いは埋める事はできなかっただろう
最愛の者を失うという悲劇は何物にも代える事はできない。
なのに、会う前にお亡くなりになられてしまった。
だからといって、財産分与の話をいきなり持ち出すのはどうかと思った。
だが、あの方にはお金しかなかった。今更父親ずらなんて馬鹿げている事は分かっていた
探偵に調査をさせて彼女の笑顔を見た時、名乗るべきかどうか悩んでいた
ただ、状況が変わってしまったのだ。持病が悪化していくことがかなわず
さらに自らの死が近づくとせめてもの償いとして財産をという形でしか
私は帰りの電車の中でそんなことを考えていた時携帯電話が着信を告げた

「もしもし」

『水川カオリです』

「カオリさん」

『あの、さっきはあんなことを言ってすみません。あなたには責任なんてないのに』

「いえ、私もごめんなさい。もっとあなたのことを考えてお話をすれば」

彼女は申し訳なさそうに話をしていた。でも仕方がない事だ。いきなりあんな話をされたら誰だって

『実の父の居場所を教えてくれませんか』

「都内の病院で今はお父様は眠られています」

『もしよかったら、切符を用意していただけないでしょうか。会うだけでも』

「そうですか。わかりました。では明日にでも私が車でお迎えに行きます。電車では時間がかかりますし」

そう、1時間に1本しかないし始発も遅い。ここから都内に向かうとなると公共交通機関では時間がかかりすぎる
私は自ら迎えに行って送り届けることを提案すると彼女はそれを了承した。

『ご迷惑をおかけしてすみません』

「今のご家族にお話はどうされますか」

『今は伏せておきたいんです。すべての真相が分かるまでは。だめですか?』

「いえ、あなたのお気持ちはよくわかりますので。では明日の午前10時に旅館の方に送るまでお迎えに行きます」

『ありがとうございます』

彼女はそう言うと電話を切った。私は携帯電話を耳元から離すと心の中で少し安堵した
少しはあの方々も前に進めるかもしれないという思いがあったからだ
3年間、彼らは前に進めなかった。目の前の現実を受け入れることができなかった
そのまるで油が切れてしまった歯車が回り始めたかのように感じられた